​AZPSPoN  -AZumatei Project ShoP oN line-

 多くの美術家は、一般的には不要だと思われるモノをいつまでも捨てられずに抱えている(はずだ)。なかには当の本人でさえ不要だと自覚しているものさえある。それでも懲りずに新たな画材や素材、道具になりそうな物を備蓄し続ける。いつどこでインスピレーションという啓示が降りえるやも知れないので、とりあえず判断を保留し空間と折り合いをつけるしかないのだ。やがて遠い記憶の彼方に追いやられていくことになるやもしれぬ・・・のだが。これは何も美術家という職種だけに関係する問題ではないだろう。八百万神の国で生きる我々は、あれやこれやに生命に似た感情を持ってしまうのだろうか。

 

 身軽で快適な生活と人生を手に入れようとする「思想」=断捨離。表現者にはなかなか手の届かないライフスタイルのようだ。どうしても必要なのか、急ぐ必要があるかどうかを問いかけられ、ほとんどのコトが不要不急なのではないかと自問自答を迫られる21世紀。24時間ではとても足りないと思うほど、とにかく人間は忙しい。長すぎるという理由で映画を10分程度に短縮するファスト映画や倍速鑑賞。スピードという享楽は、勝手な推測や思い違いさえ飛び越えて結末に急ぐ。そもそも我々は自身の結末を誰も知らない。人は思考し想像を高め、粘り強い交渉の末に理解を深めて新しい価値を生み出してきたのではないか。それは時間を伴う行動によってのみ創造されるプライスレスである。

 

 ネットショップでのアート販売が盛んである。外出が減り、おうち時間を豊かにするために気に入ったアートを手元に置きたいという心境なのだろうか。となると、アート鑑賞はもはや不要不急とはいえない経験になっているのかもしれない。その流れにのる形で「AZPSPoN」を実験的に始動するのだが、我々はアートをネット販売するわけではない。アズマテイプロジェクトに関わる人間が、要か不要か判断を先延ばしにしてきたモノを出品する。しかし、画像情報は一切なくエピソードや思い出などを文章のみで描写し提示する。交渉の場として、出品ごとにコメント欄を設けた。金銭ではない対価をそれぞれに設定したのは、互いの妄想を膨らませて掛け替えのないモノに昇華させる瞬間を迎える場にしたいからだ。

アズマテイプロジェクト代表 東亭 順